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東京地方裁判所 平成3年(ワ)11939号 判決

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成三年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  預託金返還請求

(一) 被告は、証券業を営む株式会社である。

(二) 原告は、被告の従業員である隅田昇(以下「隅田」という)を通じ、被告に対し、平成三年一月二二日、次の約定で金一億円を預託した(以下「本件預託契約」という。)

1 期限 定めなし

2  預託の目的

金一億円を預託財産として被告が株式投資に運用する。

3  特約

〈1〉 利益保証

被告は、原告に対し、右預託財産が運用することにより、年一五パーセント以上の利益を保証し、毎月二五日限り元金に対する月一・二五パーセントの利益金を支払う。

〈2〉 元金保証

被告は、原告に対し、預託終了時に預託財産の全額を返還する。

(三) 被告は、原告に対し、平成三年二月分から同年六月分まで、月一・二五パーセントの利益金に相当する金一二五万円を支払った。

(四) ところが、被告の株式投資は多額の損失を出し、平成三年七月には、原告口座の残が現金約三〇〇万円と積立株式ファンド一五〇万円相当しかない状況となった。被告は、同月一七日、年一五パーセントの利益保証は困難になったため、年九パーセントに下げるよう要求し、原告はやむを得ずこれに応じた。被告は、原告に対し、同年七月、八月分について、月〇・七五パーセントに相当する金七五万円を支払った。

(五) 原告は、被告に対し、本件預託契約を本訴状により解約する。

(六) よって、原告は、被告に対し、本件預託契約に基づき、預託金一億円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成三年九月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  不法行為(使用者責任)

(一) 隅田は、平成三年一月一九日頃、原告に対し、「金を預けていただければ、高利回りの保証で資産運用をする。本店は優れたスタッフが揃っているし、情報もコントロールできるので可能だ。大口の客はだいたいが利回り保証でしている。年一五パーセントは保証できる。」と申し向け、原告をしてあたかも元金保証、利回り保証をしたかのように誤信させ、もって同月二二日、原告から金一億円を騙取した。

(二) 被告は、隅田を雇用するものであり、隅田の右行為は被告の事業の執行につきなされた違法なものであるから、これによって生じた金一億円の損害を賠償する責任がある。

(三) よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金一億円及び不法行為の後である平成三年九月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)は認める。

2  同(二)のうち、被告が原告から金一億円を受領したことは認めるが、その余は否認する。右金一億円は、被告の商品である積立株式ファンド一億九九一〇万九一五八口の購入代金として受領したものである。

3  同(三)は否認する。被告が何度か原告に対し金員を支払ったが、それは原告の送金の指示に従って原告口座から原告宛に振込送金したものである。

4  同(四)のうち、平成三年七月には原告口座の残が現金約三〇〇万円と積立株式ファンド一五〇万円相当しかない状況となったこと、被告が原告に対し同年七月三〇日と八月二六日に各金七五万円を支払ったことは認めるが、その余は否認する。右各支払も原告の指示に基づくものである。

5  同(五)は争う。

6  請求原因2(一)は否認する。

7  同(二)のうち、被告が隅田を雇用するものであることは認めるが、その余は争う。

三  抗弁

1  公序良俗違反

原告の本訴請求は、有価証券の売買等につき、損失の補填及び利益の支払いを要求し、これを受けようとするものであるから、証券取引法に違反し、公序良俗に反する無効なものである。

2  無権代理

元金保証及び利益保証は、証券取引法により禁じられた行為であるから、証券会社の営業範囲ないし関連業務に属するものではなく、証券会社の社員には右のような行為をする権限を有しない。

四  抗弁に対する認否

全部争う。

理由

一、請求原因1(本件預託契約)について

1. 乙第一号証及び第一八号証並びに証人隅田昇の証言によれば、次の事実が認められる。

原告は、被告本店営業部に対し、平成三年一月一六日から同年六月三日までの間、次のとおり、有価証券の買付受渡代金を支払った。

(一)  一月一六日 エニックス株式一〇〇〇株 八二七万円

(二)  一月二二日 菱洋エレクトロニクス株式一〇〇〇株 二二五万九〇〇〇円

積立株式ファンド(証券投資信託)一億円(一九八七万四五六一口一〇〇〇万円と一億七九二三万四五九七口九〇〇〇万円)

(三)  二月一五日 リース電子株式一〇〇〇株 二七〇万六〇〇〇円

(四)  二月二五日 ジャパンエクセレント九一-〇二(証券投資信託)

一〇〇〇口 一〇〇〇万円

(五)  二月二八日 ナムコ株式一〇〇〇株 二八六万七〇〇〇円

(六)  三月一八日 ナショナルパワー株式五万株 一七〇四万九三二六円

パワージェン株式五万株 一七二八万二三一四円

(七)  四月 八日 クラレワラント一一〇ワラント 一五〇〇万円

(八)  六月 三日 アサヒビールワラント四〇〇ワラント 二一三五万九〇〇〇円

そして、被告が原告から受領した金一億円は、被告の商品である右積立株式ファンド一億九九一〇万九一五八口の購入代金にあてられた。

また、被告は、平成三年二月一二日から同年八月二六日までの間、原告による送金の指示に従って、次のとおり、原告の口座から原告の銀行口座に振込送金した。

二月一二日 七七一万三一九三円

二月二二日 二七一万三六八三円

二月二五日 一二五万円

三月 四日 一四二万九六三四円

三月二五日 一四〇〇万円

四月二六日 一九三万円

五月二八日 一八七万円

六月二五日 二四四万八二八五円

七月 五日 六九〇〇万円

七月三〇日 七五万円

八月二六日 七五万円

2. 元金保証及び利益保証の特約の成否について

原告本人尋問の結果中には、原告が被告に交付した金一億円について元金保証ないし年一五パーセントの利回り保証を隅田が約束したとの部分があり(甲第一号証にもこれに符号する部分がある。)、利回り保証の一か月分に相当する金一二五万円が被告から原告の銀行口座に振込送金されていることは、当事者間に争いがない。

また、原告は、被告から年一五パーセントの利回り保証が困難になったので、年九パーセントに下げて欲しいとの要請を承諾したと供述し、その一か月分に相当する金七五万円が被告から原告の銀行口座に振込送金されていることは、当事者間に争いがない。

しかしながら、原告本人自身、右利回り保証の約束を書面化することを隅田に断られていることは認めていること、証人隅田昇の証言によれば、隅田は、原告からの利回り保証の要求には応じられないが、その当時の株価の動向から株式ファンドを購入すれば年一五パーセント程度の目標利回りが期待できる可能性が高いと原告に対し説明していること、金一億円の年一五パーセントの一か月分に相当する金一二五万円を原告の銀行口座に振込送金したのは、原告から借入金の金利分は月々返済しなければならないのでその分は振り込んで欲しいという指示があったためであり、しかもそれは原告の口座の残金から出されていることが認められること、また、前記認定のとおり、被告が原告から受領した金一億円は、被告の商品である積立株式ファンド一億九九一〇万九一五八口の買付代金にあてられたものであって、原告から被告に預託されたという性質のものではないことに鑑みると、金一億円について元金保証や利益保証の合意が成立したとまでは認めることができない。

3. 従って、元金保証及び利益保証の特約の成立を認めることはできないから、請求原因1は理由がない。

二、請求原因2(不法行為)について

1. 隅田の詐欺行為の存否について

原告は、隅田が原告をしてあたかも元金保証、利回り保証をしたかのように誤信させ金一億円を騙取したと主張する。

確かに、原告本人尋問の結果によれば、原告は金一億円について利回り保証の約束があったと信じていたことが窺われ、甲第一号証によれば、原告との会話の中で隅田が金一億円について年一五パーセントの利回り保証をあたかも約束したかのような曖昧な部分があることは否定できない。

しかしながら、前記のとおり、隅田は利回り保証の約束を書面化することを拒否し、原告から度々利回り保証の確約を求められていたが、それには応じていないのであり、隅田があたかも利回り保証を約束したように原告を積極的に誤信させたとまでは認められない。

2. 従って、請求原因2は理由がない。

三、結論

よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

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